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浦和地方裁判所 昭和31年(行モ)1号 決定

申請人 岡本太一 外一〇名

被申請人 埼玉県知事

主文

被申請人が、別紙第一目録記載の各土地に関し、昭和二十五年三月二日付を以てした未墾地買収処分に基き同三十一年四月九日、同目録各最下欄記載の者に対して命じた右土地上の立木等の収去についての執行処分は、当裁判所昭和三一年(行)第四号未墾地買収計画無効確認等請求事件の判決確定に至るまで、これを停止する。

申請人堀口至彦、同堀口重治、同岡本金蔵の別紙第二目録記載の各該当土地に関する各申立、並びに申請人堀口章、同池田藤平、同菅間重吉の各申立は、いずれもこれを却下する。

理由

一、申請人らは、被申請人が別紙第一、第二目録記載の各土地につき、昭和二十五年三月二日付を以てした未墾地買収処分(以下本件買収処分と略称する)が無効であることを確認する旨の訴(当庁昭和三一年(行)第四号事件)を提起した上、「被申請人が、本件買収処分に基いてなす別紙第一、第二目録記載の各土地上の立木等収去に関する代執行処分は、これを停止する」との決定を求めるものである。

二、申請人らが主張している本件買収処分が無効であるかどうかは、右本案訴訟の判決で最終的に判断さるべきことではあるが、右主張は当事者双方から提出された資料によつて一応判断したところでは必ずしも理由がないものではないと考えられる。而して右資料によると、先ず、被申請人は、別紙第一、第二目録記載の土地上の立木、竹の一切(以下単に立木等という)につき、昭和三十年十二月一日付を以て、これを同月二十日迄に収去すべき旨の勧告を行い、更に同第一目録記載の土地上の立木等に関しては、同三十一年四月九日、農地法第五十五条の規定に基き同目録各最下欄記載の者に対し、同年五月七日迄にその収去を完了すべき旨を命じた収去令書を交付し、なおそのうち第一目録記載の1乃至7、11乃至13、15乃至22の土地上の立木等に関しては、同年九月十七日から同年十月一日迄をその伐採期間と定めた代執行令書を同目録各最下欄記載の者に対し交付したこと、が認められ、また、申請人らは、それぞれ三反乃至一町余の土地を耕作すると共に、薪炭の生産、販売によつて生計を維持している者であること、本件買収処分の対象となつた各土地(山林)には、若干の檜、杉その他の雑木も生育しているが、申請人らが五、六年前薪炭材とする目的で植樹した櫟がその大部分を占めており、これらの樹木は、大体二十年前後の樹齢に達したとき最も適当な薪炭材となるけれども、現在伐採しては薪炭用として殆んど効用がないこと等も同時に伺い知られるところである。

このような事情の下で、右立木等を収去命令によつて敢て伐採してしまうことは、後日、本件買収処分、従つてまた右立木等収去に関する処分の違法が確定した場合、その原状に復することを全く不能ならしめるものであつて、右立木等が現に有する通常の経済的価値以上の有形、無形の損害を立木等の所有者に対しもたらすものであることは容易に推察できるところである。従つて、申請人らの蒙むるかゝる異常の損失は、たとえ、法律上は終局において金銭を以て補償され得ないものではないにしても、行政事件訴訟特例法第十条にいう「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害」に当るといわなければならない。そして、別紙第一目録記載の土地上の立木等に関しては、前記の如く、すでに、収去命令の発布があり、その一部については代執行としての伐採期間も到来し、他のものについても、とくに代執行を妨げる事情もなく、何時でも代執行手続に着手できる状態にあるので、かような収去命令についての執行処分を停止することは、前記の如き損害を避けるため緊急の必要がある、と認めることができる。

これに反し、別紙第二目録記載の土地上の立木等に関しては、未だ、収去命令は出ておらず、しかもその理由が、右土地については本件買収計画を樹立した玉川村農業委員会自身において開墾不適地と議決し、被申請人側でも買収処分より後の手続を進めるのに再検討の余地があると考慮するに至つたためであると伺われるので、今後当分は、前記のような償うことのできない損害を生ぜさせるおそれのある収去命令が発せられる可能性は少いばかりではなく、収去命令が発せられるにしてもそのときになつてその執行の停止を求めても決して遅きに失することはないと考えられるから、現在予めこれを求めておく緊急の必要性はないものといわなければならない。

三、従つて、別紙第一目録記載の土地上の立木等に関し、被申請人がなす収去命令についての執行処分は、これを停止するのを相当とすべく、同第二目録記載の土地に関する申請人らの各申立は認容すべきではないこととなる。尤も、被申請人は、本件買収処分に伴う収去命令の執行は停止してはならない、との意見を述べ、とくに「本件買収処分は、昭和二十五年に行われ、その後すでに六年有余を経過しており、速かに未墾地買収に関する立法の趣旨に沿う開拓を行い、就中、その売渡処分を完了しなければならない公益上の要請を受けているのに、若し、本件収去命令についての執行が停止されるときは、この秋から冬にかけての開墾作業に適する期間を徒過することとなり、増反希望者に明年春の作付の機会を失わせ、本件土地の高度の利用をなしえなくなるに至らしめる。」ということをその理由の一に挙げている。しかし乍ら、本件買収処分の対象となつた土地は、所謂日影地区として一団として開拓計画の対象とされている土地であるが、別紙第二目録記載の土地上の立木等については、前述の如く、被申請人において収去命令の発布等につき再検討の余地があるものとして、その発布を保留している実情にかんがみると、これらを除外した残地につき、その立木等の収去を強行したところで、一部増反希望者の利益を招来することはあるとはいえ、当初の開拓計画の趣旨に沿う十分な結果を生ぜしめうることは期待し難く、従つて、今とくに申請人らの前記損害を無視してまで、その収去を急がなければならないとは考えられないから、前掲執行処分を停止することが別段公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは到底認めることができない。

よつて主文の通り決定する。

(裁判官 大中俊夫 石沢健 萩原太郎)

(別紙省略)

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